縫製がどの国で行われたかを、その用いられた糸などの資材、方式、仕様等から推し量る事もある程度可能であると考えるが、ここでは主として日本製プリントに関して考察したい。ただし、そこには若干の推理、想像、独断が混入する事、お許し頂きたい。
米軍調達タイガーの元見本が多分南ヴェトナム海兵隊採用タイガー・ファーストパターンであろう事は多くの先輩諸氏が解明されている通りであると考える。このパターンがDNA的見地からも以後のメジャー所のパターンの源流的特徴を備えている点は異論のない所であろう。
ではこの元見本から派生した最初のパターンは何れや? 上の写真を参照いただきたい。パターン名に関しては好き勝手に呼ばせていただく、この“アーリー・パターン”と命名したタイプは当時の写真に初めて登場するのは私が知る限り1963〜64年、SF(注-2)及びCIDG(注-1)隊員が着用の物である。さすれば、調達は1963年頃であろう。
次に派生したパターンを言及するにあたり、私は独断であるが前記の米軍初のタイガー“アーリー・パターン”が以後のほぼ全ての米軍調達タイガーの親パターンになったと考える。なぜなら元見本とされた南ヴェトナム海兵隊採用タイガー・ファーストパターンよりも尚多く以後の調達パターンの源流的特徴を備えているからである。
では親パターン“アーリー・パターン”から派生した長男パターンは何か? 私見ではあるがジョン・ウェインパターンを上げたい。他のパターンにさきがけこのパターンが当時の写真に登場するのが1964年、調達は1964〜65年頃であったと考えらる。このパターンのフライトスーツには、時に沖縄ラベルがみられる事から、一部のロットにおいてプリント生地調達/日本、縫製/沖縄のケースが想像される。
次にジョン・ウェインパターンに続き、親パターン“アーリー・パターン”から派生した次男パターンは何か? NAM戦を通じ最も多く調達されたと考えられ、NAM戦タイガーを代表するパターンともいえるシルバーであろう。1965年頃の写真から登場する事からこのパターンの初調達は1964〜65年が考えられる。ジョン・ウェインパターンとの調達の後先に関しては、両パターンほぼ同時期の調達であり、前後逆転の可能性もある。シルバーに関しては60年代末頃の写真においても散見できる事、又、着色剤の種類、色調が明らかに異なるタイプがある事から、同じ入札業者が複数回、受注に成功し同じプリント工場にリピートオーダーしたか、又は、同ピッチのローラーを使用する別の工場でプリントされた可能性が共に想像される。
“アーリー・パターン”からの派生パターン、その三男にはゴールドをあげたい。写真に初登場するのは1967年頃からであり、調達は1966年頃であると考える。このパターンに関しても色調の明らかに異なるタイプがあり、シルバー同様リピートオーダーされた可能性等が十分考えられる。ブラック以外のバックがゴールドに脱色・色落ちする様がまさにタイガーその物を連想させ、人気の高いパターンである。伝説の戦場カメラマン“クレイジーチャイルド”ことティム・ペイジが当時ゴールドタイガーを愛用していた事を知る方も多かろう。
これら以外にも日本においてプリントされ調達されたタイガーはあるであろうが、私自身、自信を持ち日本でのプリントを明言できるのは以上の4タイプである。そしてパターン開発に関し補足して述べれば、当時米軍には沖縄を含み極東においてパターンを自己開発出来得る能力は無かったと考える。ローラープリントにおいてタイガーのような迷彩パターンを短期にアレンジする事は米軍といえども無理である。エンドレスのローラープリントをその工場の使用するローラー、着色剤にあわせアレンジする事ができるのは、ローラープリント工場の捺染師と専属の彫刻職人の共同作業でのみ、なしえる業である。米軍が1948年から60年代初頭までの10年余をかけ完成させたERDL(リーフパターン)に関しても米国プリント工場の技術者達の密接な協力があった事は疑う余地の無い事である。
注-1)
CIDG (Civilian Irregular Defense Group program):
映画“地獄の黙示録”に登場する、NAM戦時におけるアメリカ合衆国の不正規戦戦略に基づいて編成された民兵部隊。隊員はベトナム中部山岳地帯に住む少数民族モンタニヤール(モンタニヤード)より募集された。
注-2) SF (US ARMY Special Forces)